視察報告
①視察日時:2019年6月24(月)〜25日(火)の2日間

②視察場所:尾道市、株式会社せとうちSEAPLANES様、複合施設「ONOMICHI U2」様、株式会社ディスカバーリンクせとうち様

③視察目的について
現在の我が国において生産年齢人口の減少が進んでいる。そんな税収の減少が予測される中、地方自治体は義務的経費の増加など財政的に大きな課題を抱えている。行財政改革はもちろんであるが、新たな住民の獲得に加え、交流人口を増やし新たな税収獲得に向けて挑戦することが求められると私は考えている。堺市においてその挑戦は、歴史・文化、そして地理的要件を考慮し、それらを活かしながら次の世代にまで繋がる持続的な取り組みでなければならないと考える。第一に税の投入が前提でないこと。第二に民間事業者の採算性を考慮すること。第三に堺の特色と地理的要因が含まれること。これら三つの要件を満たす取り組みが必要である。画一的に議論される他の事業や取り組みとはユニークでなければならないと考える。

 そのような観点から、今後の堺の起爆剤として私はこれまでの議員活動の中で、堺における「水上飛行機」誘致に関して検討を行ってきた。平成29年2月の歴史文化魅力発信調査特別委員会において私は堺における「水上飛行機」誘致について言及している。また、自らの市政報告でもその可能性について発信してきた。


(まとばジャーナルポケット版vol.9より)

 まず、百舌古市古墳群の世界遺産登録が現実的に近づいているにあたり、その古墳群の全貌を実際に見るというニーズも高まっている。近隣においては大阪市夢洲に統合型リゾートの開発も計画されており、かつ、大阪市内ではインバウンド効果が高まっている。堺市においては今後、大阪市とも連携しインバウンド効果を取り込めば非常に大きな効果が見込める。その起爆剤として「水上飛行機」の誘致は地理的要因において、また世界遺産登録というタイミングにおいても非常に大きな効果が見込めるものと考えている。この点においては地理的要因、民間事業者の採算性についてのエビデンスとなり得ると考える。

(堺旧港風景)

 加えて、堺市においては大正11年〜昭和14年にかけて「大浜水上飛行場」が運営されており、日本の民間航空輸送発祥の地であった。この事も水上飛行機航路が開発されれば堺における唯一無二の歴史的ストーリーとなり得る。堺に水上飛行機の誘致を行い、百舌古市古墳群を実際に上空から見ることができる遊覧飛行、それによる観光誘客、また航路の開発により堺から尾道、そして近年新たに開発された松江市へ相互効果の広がりに向け、実際に尾道で遊覧飛行を運営している企業、株式会社せとうちSEAPLANES様に視察させて頂いた。
また、尾道においては民間による賑わい創出の成功事例として、しまなみ海道サイクリングを提唱し、サイクリストにやさしいホテルなども含む複合施設「ONOMICHI U2」がある。民間ノウハウを活かした賑わい創出への参考事例として視察を受け入れて頂いた。更に尾道の地場産業であった繊維業の危機から転換し、挑戦し続ける「尾道デニム」やシェアオフィス「ONOMICHI SHARE」事業なども手掛ける株式会社ディスカバーリンクせとうち様についても堺における今後の展開の参考にと視察させて頂いた。

−④視察概要
6月24日(月)の13時に株式会社せとうちSEAPLANES様に到着。今回の視察を受け入れて頂くにあたり事前にお電話にてやり取りさせて頂いていた西内取締役、そして代表取締役の岡崎社長にご対応頂いた。まずは座学で資料もご用意頂いて同企業設立背景、企業理念、事業概要についてお聞かせ頂いた。この地域にある造船業を核とするグループ会社がせとうちSEAPLANEの企業母体であり、日本の造船業の未来が先細る中、雇用を守り、地域を発展させていく挑戦として「水上飛行機」というアクティビティを核として、賑わいを創出していくために設立されたとのこと。同グループはホテル事業なども行っており、様々な連携を取りながら広げていく計画とのこと。こういった取り組みはさすがに民間事業者ならではであり、行政にはできない領域である。採算性については5年間は厳しい状況もあったが現在は採算ベースにのってきているとのこと。尾道においては週5日の運行ペースであり、堺にもし航路が開発できた場合は客数の増加が見込め、発着数の増加が見込めるため採算ベースは上がるのではと予想される。現在は尾道だけでなく昨年から松江市に航路が開発され、土日のみであるが松江市の遊覧飛行も同社が行なっている。松江市から同社に問い合わせがあったことから始まり、問い合わせから一年余りで事業化に至っている。松江市と同社の事業にかける想いがこの事業化スピードに現れている。同市については国の補助金なども利用しながら水上飛行機発着における環境整備を行った様子で数億円かけているとのこと。発着環境とは主に桟橋整備であり、桟橋だけの最安値なら50万程度でできるらしい。初期段階においてはコストをかけずに事業を進める事もできるとのこと。堺市で航路開発を行うについての問題点などを質疑したところ、法的な規制については問題がなく、地元における漁協さんなどとの協議が鍵となるとのこと。航路開発までの手順については、漁協など地元の調整と行政の協力が得れれば、水上飛行機の発着について現場調査を同社が行い、テストフライトを行なって周辺への影響を調査し、桟橋設置後スタートする形となるとのこと。堺での実現性は非常に高いと感じた。同社も新たな航路の開発を目指しているとお聞きした。


(せとうちSEAPLANESの桟橋。桟橋左側に2機の水上飛行機が見える。)

 その後、実際に水上飛行機に乗船し、様々な検証を行った。まず、スペース的な事項について、通常の小型船舶程度のスペースがあれば発着場所としてなり得ると確認できた。


(桟橋スペースは広大なものでなくても十分に発着環境となり得ることがわかる。)


(離水、着水に直径1kmの広さが必要、波しぶきをあげながら離水していく。)

 エンジン音による騒音の心配であるが、思ったほど音は大きくなく、ある程度沖まで出て行ってからの全出力なので、桟橋からはジェットスキー程度の音量であると感じた。飛行はかなり安定したものであり、機体下部にフロートが付いていることを感じさせない。高度は700メートル程度まで上がり、もし堺上空であれば仁徳古墳の全貌が見れる高度であると確認した。


(機内からの眺め:広大な福山市のJFEスチール西日本製鉄所が一望できる。)

 着水は離水よりもかなりスムーズで振動もほぼない状態。全体的に予想よりもはるかに安定したフライトで子供でも楽しめるものであると感じた。この日の天候は良好であったため今回の実感レベルであるが、波の高さが70cm以内を基準として同社はフライトしているとのことで、天候は変わっても運行はこの日の実感と変わらないのではないかと考える。また飛行機自体が水陸両用であるため、海面の状況が変化した場合でも陸上へ着陸することができる。大阪では八尾空港が考えられる。

 今回の視察において仮に堺に航路を開発できるとすれば地元関係者との調整が必要ではあるが、環境整備については大きな投資でなくても実現可能であると感じた。また、岡崎社長様、及び西内取締役様ともお時間を頂いてじっくりお話させて頂いた事も大きく、通常の行政へ赴く視察と比べるとその情報量の多さ、現場のお声、採算に関する実際の情報なども得ることができた。堺市での実現に向けて今回の視察を活かしていく。

6月24日(火)
この日、午前中はサイクリストにやさしいホテルなども含む複合施設「ONOMICHI U2」を視察させて頂いた。元々は県が所有する倉庫として使用されていたとのこと。それを民間による賑わい創出のため提供していくよう行政に働きかけ、プロポーザルを経てこの施設が開業したとのこと。

(外観)


 まず外観であるが、倉庫をリノベーションしているのが良くわかるものとなっている。しかし、全体的にその良さを活かして更に洗練させていることが良くわかる。建物外のスペースはパブリックスペースとなっており、同施設が家具を提供して地元の方達や訪れた人達の憩いのスペースとして使用されている。


(内観:自転車メーカースペース)


(内観:レストランバー)


(内観:ベーカリー)


(内観:地産商品コーナー)


(内観:ホテルスペース、ロビー)



(内観:ホテル部屋)

 この「ONOMICHI U2」ではTLB株式会社の柳瀬支配人にご対応頂いた。内観でもわかるように、レストランバー、雑貨販売コーナー、ベーカリー、地産商品の販売コーナー、自転車メーカーショップ、ホテルスペースによる複合施設となっている。この施設の特色はサイクリストに特化したホテル事業である。この施設が「瀬戸内しまなみ海道サイクリングロード」を提唱し、現在では日本国内外からサイクリスト達が訪れるまでになっている。このサイクリングロードは尾道から瀬戸内の「向島」「因島」「生口島」「大三島」「伯方島」「大島」を島伝いに走り抜け四国の「今治」までに及ぶコースである。その出発地がこの「ONOMICHI U2」である。泊まるホテルの部屋には自転車を壁掛けできる仕様になっていたり、自転車の修理、調整なども行えるスペースも完備している。サイクルショップもあるためサイクリストにとっては申し分ない施設であろう。また、地元産業の技術を活かした雑貨販売や、農産物加工品なども商品開発し販売していることから地元と来訪者をつなぐ役割、そして尾道の良さを発信していく役割も果たしている。地元の住民の方達も普段訪れる施設として利用され始めている様子も伺えた。現在では採算ベースにものっているとのこと。全国放送のテレビにも年間通じて100回程度取り上げられるようになり、サイクリングロードとともに認知度が上がっきている。この施設を作るにあたって建築家、デザイナーなど一流の方達にお願いし、議論して作り上げたとのことで、それによる口コミ効果もあったのではないかとのこと。これらから推察するとこのような施設において、画一的な企画運営ではなく特色を持つこと、こちらではサイクリングロードの提唱とサイクリストにやさしいホテルというコンセプトが他の施設と比べてユニークであったことがコアを形成し広がりへと展開できるものと実感した。今後の堺のまちづくりにおいて、市や府の財産で眠っているものや活かされていないものを再生し民間事業の挑戦の場としていくに必要な要件を確認することができた。

 その後、「尾道デニム」様の店舗へ訪問。岩渕マネージャー様にご対応頂き、実際に尾道デニムを拝見させて頂いて、事業の立ち上げから現在に至るまでの概要についてご説明頂いた。地元産業である繊維業が海外の安価な製品に押されて衰退していくにあたり、その技術力をもってデニムという新しい分野に活路を見出しチャレンジしていく事業。いろんな職業の方にデニムを1年間履いてもらい、色落ちした風合いを実現したデニムをさらに他者へ販売していく企画を続けている。それが支持され高価な価値を持ったデニムとして認知されることとなった。地場産業を最先端なものに転換していく知恵は堺でも可能性が眠っていると思われる。

 最後にこの「尾道デニム」や古民家再生などを行う観光事業、また海に面したシェアハウス事業などを行う株式会社ディスカバーリンクせとうち様を訪問させて頂いた。出原代表取締役様にご対応頂き、同社の事業についてのお話をお聞かせ頂いた。

 同企業のミッションは町の魅力を発見し、事業を通してそれを表現し、日本各地や世界へ繋いでいくものとして運営されている。9つの事業に取り組み、そのミッションを実行している。事業としては①古民家を再生し観光拠点を生み出す「観光事業プロジェクト」②市営の海に面した倉庫をリノベーションしたシェアオフィスを運営する「ONOMICHI SHARE」③既に概要を述べた「尾道デニムプロジェクト」④尾道の様々な分野から学びに繋げる事業「尾道自由大学プロジェクト」⑤尾道の繊維産業をブラッシュアップし商品開発、ブランディングを行う「繊維カンパニー」⑥尾道のオリジナル自転車を創造していく「BETTER BICYCLES」⑦障害を抱える方や地元の方々との協働で地場商品開発販売を手がける「街との協働」尾道さつき作業所、すだちの家との食品製造開発など⑧地場産業である繊維業における裁縫などの高い技術を継承する「街との協働」繊維産地継承プロジェクト⑨鞆の浦の文化継承に取り組む「街との協働」鞆の浦生活文化継承事業、その取り組みについて丁寧にご説明頂いた。


(同社ホームページより)

 同社のミッションはどの事業も共通して、地元の特性や人々がこれまで継承してきたものを守り、次世代に繋げていくことをである。この点については様々な事業を展開してもブレない軸として存在する。これは、現在の堺市において求められる事業軸であると考える。それこそが街づくりにおける事業のハード面、ソフト面において他にはない付加価値の高い提案を国内外に発信していける鍵であると感じた。また、多くの地元の人々と協働していく事業展開が更にその持続性を担保するものとなり、街に漂う雰囲気の醸成に繋がると考えられる。行政がその資産を提供し、民間事業者が街の将来を見据えた事業を採算ベースに乗せながら行うこと、そのサポートを行政が行いながら持続性を保つことで大きな取り組みへと発展していく。民間事業の取り組みは市場ニーズに応え、採算確保に挑戦していくものであり、街の自立及び持続性を形成していく。そのベースとなるのはやはり企業理念やミッションであり、その点を重視して行政も「全ての事業者に平等」から時には殻を打ち破る姿勢をとっていくべきであろうと考える。

 まとめとして、今回は通常の行政視察ではなく民間事業者の方々のご厚意で視察を受け入れて頂き、時間を割いて頂いた。その結果、行政側から見る視点ではなく街づくりに携わる方々から見る行政への担いが明確になるものとなった。今後、堺市の次世代に向けた街づくりにおいて、行政が税の投入とコンセプトを決定していくこれまでのスタイルの脆弱性を痛感した。しかし、これからの取り組み次第では、堺のもつ街のポテンシャルや堺市それぞれの区においての街づくりの可能性はまだまだ広がるものと考える。あらゆる可能性に挑戦し、自らの街の歴史、文化などの強みを活かして民間事業者、地元の方々と協働していくことで持続的な発展へ繋げていけるものと考える。今回の視察によってもたらされた様々な情報や人脈は今後の堺市や市政活動へと活かしていけるものとなった。